自然とじゅくとワタシ

山口で生まれ、兵庫、東京、長野、そしてバンクーバーへ!しっかりした人々に囲まれ、30歳「夢見る夢子」なんとか今日も生きる。じゅく、接客、家族、フラダンス、自由なワークスタイル、バンクーバー、ワーホリ。

【はじまり③】24歳女子、全てスタートに戻る。無理せず、できる仕事をやってみる

前の話はコチラ↓

 

agrigirl618.hatenablog.com

 

f:id:agrigirl618:20170728170302j:plain

 

辞めるときに浮かんだのは、お世話になった人の顔。

 

辞めたいとは何度も思ったが、

そのたびに浮かぶ顔が私を思いとどまらせていたと思う。

両親の顔。

インターンを紹介してくれた、先輩の顔。

 

一方、救われた言葉もあった。

 

「辞め方を覚えておくと、楽だよ」

 

 「去り方」を覚えておくという発想は無かった。

 

でもそれを知っていれば、新しいチャレンジも怖くない。

 

 

 

これから何をやろう?

 

もう一度考えた。

もう一度頭をクリアにして考えよう。

キャリアなど考えずに、

まずは、できそうなことを。

 

山口に帰る?

でも、帰ったらきっと二度と戻れない。

もし帰ったら、

両親がOKを出すような仕事を選んでしまうような気もする。

 

(ん? そもそも、引っ越し代がないぞ)

 

 

姉との会話

 

辞めることが実際にきまり、

会社にも伝えると、だんだん気持ちが軽くなってきた。

 

 

「みなみ~」

姉との電話。

「本当に本当に、辞めれてよかったね!」

 

姉は一度夏に、私の家に遊びに来ていたが、

真っ黒に焼けた、エネルギーのすり減った私を見ていたので、

心の底から安心したらしい。

 

「みなみさ、家庭教師とかいいじゃん。わたしにも英語教えてくれたじゃん」

 

そういえば、浪人中は兵庫の西宮の姉の家に転がり込んで、

三宮まで予備校に通っていた。

姉もTOEICの勉強をしていたので、

ときどき文法的なところを教えていたのだ。

 

ふむ。

いいかもしれない。

早速、長野県の家庭教師事務所に登録した。

 

カレンダーの裏紙にマジックで、書き始めた。

 

辞めたら、何をするか、

カレンダーの裏紙に書き始めた。

この作業が非常に楽しかった。

 

 

 

 ・家庭教師する

 

登録したのも、忘れたころにメールがきた。

事務所の責任者の方は、

物腰の柔らかい、いつもニコニコしている方。

長野市からわざわざ会いに来てくれ、

生徒をもてることになった。

 

 

・ホテルで働く。

 

ホテルの仕事は、学生の頃にしていたから、

なんとなく慣れた環境だった。

私が当時住んでいた御代田町(みよたまち)の隣は「軽井沢」。

ホテルがたくさんあった。

これはすぐ始められた。

 

 

・畑を手伝う

 

もう、農業の「の」の字も聞きたくないくらいだったが、

私は農業を大規模にマネジして働くのではなく、

ただ草を抜いたり、水をくれたり、

アルバイトレベルの作業は好きだった。

知り合いの畑で、手伝いを始めた。

 

 

 

 

 

 

ここから、私のマイペースの

ダブルワーク(ときどきトリプル)が始まる。

 

次の話へ↓

 

agrigirl618.hatenablog.com