自然とじゅくとワタシ

山口からなぜか長野へ。個人塾を運営しつつダブル(トリプル?)ワーク。まわりのしっかりした人々に囲まれ、30歳「夢見る夢子」なんとか今日も生きる。じゅく、接客、家族、フラダンス、自由なワークスタイル、バンクーバー、ワーホリ

【はじまり⑤】英語漬けになりたい…神のお導き?ワーキングホリデーでカナダへ行くことに

はじまり①↓

 

agrigirl618.hatenablog.com

 

前の話はコチラ↓

 

agrigirl618.hatenablog.com

 

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カフェは観光地軽井沢にあったので、外国のお客さまは多かったのですが、

やっぱり接客を始める前はちょっとドキドキしていました。

 

 

字幕や英訳・和訳が気になるという、変わった興味

 

私はもともと、

英語と日本語の違いを追いかけるのが好きだった。

和訳や英訳の問題も嫌いではなかった。

 

ちょっと時間がさかのぼるが、

私は大学時代に対照言語学を専攻していた。

バックグラウンドの違う言語を対照し、そこから分かることを分析する学問。

 

そして、昔から父が洋画を見ている横で一緒に見ていた。

聞き取れるわずかな英語とその字幕を見比べて、

こんなに違うんだ~

秀逸な訳だなあ~

その違いにうなったり、考えたりするのが好きだった。

 

トイレに入ると、よく日本語の説明書きの横に英訳も書いてあったりするが、

そういうのも読むのが好きだった。

 

 

「本場で英語に埋もれたい」いつしかそんな願望が芽生える。

 

一方6歳上の姉、

海外に対する執着はすごかった。

「カナダに行きたい~‼」

と、心の底から手が出るように、

彼女にとって、カナダは心が安らぐ場所、のよう。

海外生活(カナダ生活?)を本能で欲していた。

 

それに比べると私は、

心を解き放つために海外へ行きたい(日本を脱出したい?)というよりかは、

 

英語圏で英語に埋もれて過ごしたいなあ」

 

英語を話すため、というよりかは、英語そのものに触れたかった。

 

その生活の中でいろんな表現に出合いたい。

街の中でいろんな看板とか掲示物とか見て、会話したりとかして、

ナマの英語を感じてみたかった。

 

 

ワーキングホリデーまでの長い道のり

 

 

ワーキングホリデー、という制度があったので、

社会人を始めて徐々に、

あー1年ぐらいガツっといってみたいなあ

という思いが膨らんでいた。

 

行くなら、姉が言っていた、カナダがいいかなあ。

 

しかし、

当時の私はお金はカツカツ。(マイナス?)

自分の生活を回すことで精いっぱい。

ワーキングホリデーのための貯金なんて余裕がなかった。

(ネット情報では、ワーキングホリデーは普通100万以上貯金するらしい)

 

100万円…

そんなに貯めろと言われると、

生きている心地がしなかった。

余裕がなかった。

大して贅沢なものを買っているわけではないけど、

自転車操業だった。

 

 転機。これはやっぱり、行けってことかな。

 

なんだかそんな夢も薄まって、

行きたいなあ、でもきっと行けないだろうなあと

ぼんやり考えていたが…

 

バイト先のカフェに夏だけよく来る、ハーフの男の子がいた。

 

顔が半分外国人顔なので、「英語で話しかけられるかな…」と身構えるのだが、

「ドリップコーヒーをトールでください。」

と言われ、ホッ。

 

話をしてみると、彼はカナダの大学に通う、日本人だった。

夏休みにだけ、日本に帰ってくるらしい。

 

カナダ!

 

私は彼に思わずあれこれ質問した。

彼のネイティブは日本語だが、海外生活が長いため途中から英語も交えて会話になった。

必死に身振り手振りも入れながらの会話。

 

自然の話、大学での勉強の話、音楽の話…

何を話しても面白く、新鮮で、新しい世界を見たようだった。

彼とは数か月後に、付き合うようになる。

 

 

私は、神様が彼を連れてきてくれたとしか思えなかった。

これは、まずカナダに行けってことなんだ!

 

残り少ない制限時間、お金を貯める。

 

当時28歳。

ワーキングホリデーのビザ登録期限は31歳の誕生日まで。

 

そこから(不思議なことだが)

仕事も安定して収入が入るようになり、

自然とお金が貯めり始めた。

2017年度いっぱいはがむしゃらに働く予定だったが、

なんとか目途もつき、今年の5月にビザもとり、

ダブルワーク生活も今月(7月)で終わることになった。

 

残り時間で、じゅくの仕事に集中することにし、

来年2018年の5月に私はカナダに行くことにした。

 

すごく早い展開だった。

 

つづく。