自然とじゅくとワタシ

山口で生まれ、兵庫、東京、長野、そしてバンクーバーへ!しっかりした人々に囲まれ、30歳「夢見る夢子」なんとか今日も生きる。じゅく、接客、家族、フラダンス、自由なワークスタイル、バンクーバー、ワーホリ。

自分で調べて、解決策を見つけられる時代。塾も学校にも頼んなくても、いいんだ。

みなみです。

 

まず、まえおき。 

「時代の先を走る人のインタビュー記事多数」面白いウェブメディアがあるのー

 

milieu.ink

 

「まだ見えない未来の輪郭を追っている」

 

 

こちらのウェブメディア、編集長はクリエイティヴ系出身ですが、超ビジネスの話、面白い。限りなく先進的、かつ現実的。今後の生き方・働き方を選ぶ上で勉強・参考になる。ははぁ~となる。知らない言葉(ビジネス用語含め)いっぱい出てきますし、知らなかった世界も出てきます。

うちの(もと)生徒たちにも読んでほしい。てか、あたしがキャッチアップしなきゃ…っていうね…分かんない言葉いっぱいあって。

面白かった記事

milieu.ink

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まえおきはさておき

 

 

最近はほんま、学校にいかなくても、学べるコンテンツが増えているなって

 

このブログを読んでいただいている方は、私がまあまあのアンチ学校教育・高等教育だというのにうすうす気が付いていると思われるのですが(塾の先生とかやってたのにね)もちろん、学校に楽しさや意義を自分で見いだしてたら行ってもイイと思うよ!

 

ただ、もっとマクロな視点で、学校教育のシステム自体を俯瞰してみた時、もうそれだけが選択ではなくなった。と、頭に入れてほしい。(特に今の若い子たちは)今の学校教育のシステムは教育の先端で、今も日夜進化している…とはとても言えないし、情報を日々キャッチアップして、いかに効率よく吸収するかみたいなスピード感もない。

もっとサルみたいに何かにバカになって集中してもいい。色んなことに手を出していい。ゲームでも、マンガでも。

 

小学校でめちゃイキイキした子が中学生になって死んだ魚の目みたいな顔になったりする現象が少なくないのは、なんでかしらね。あの好奇心のかたまりみたいな気持ちをできるだけ殺さずにいけんもんやろか。もちろん、その現象は学校教育システムと100%リンクするわけじゃない。しかし、毎日おんなじことの繰り返しって結構神経麻痺すると思うんですよね。ていうか麻痺させないと通ってられない。

ごめんなさい、話がそれました。

 

ネットをもっと使ってくれ、若い脳みその時から

あたしたち(30歳)が小学生のころ、ウィンドウズ95が出たんだよな。懐かしい。あの頃のダイヤルアップの音よ。時間制限があって、急いで使っていた。うちは電気屋だったから、幸運にも私は初期のころからネットに親しんでいた。

今は本当に身近に気軽にネットが使える。若いうちにネットリテラシー(ネットを使う上での常識・良識・コツみたいなもん)をいち早くゲットして、スタディサプリとかまなぶてらすとか勉強系はそっちで補充できる。

結構ちっちゃいときにスマホタブレットぽいあげたら(身勝手だが)おもしろいんじゃないのかと思う。うーん、でもゲームくらいしかしないんかなあ。でもゲームでもいいと思うけど…まあ、若いから使い方もすぐ覚える。もちろん、どれくらいの権限を与えるかという問題になるし、保護者の方の安全の管理が大変だと思うし、あたしはその辺詳しくないから軽いこと言っちゃいけない。

一方、バカみたいにプログラミング覚えて自分でアプリとか作ってやり方を父親に教えているファンキーな7歳とかをテレビでみたりすると、ウゲ―時代だ!やっぱできるできないを勝手に決めちゃいけないんだな。反省。(その子が天才だった説もあるけどね

でも、そういうのは本当に僅かな話で、高校生になってから本格的にネットの世界にこんにちはみたいなコは多いし、それはいたって一般的なこと。でもさうーん、この現状ってあたしたち(繰り返すが30歳)が高校生になった頃に携帯をもらってワーイ(^o^)みたいなのとさほど状況が変わってないことに愕然とする。というか、ショックなの。時代あんまり変わってないというか。

タイピングが恐ろしくできるやつとか、検索の仕方がスゴイやつとか、ブログですごい稼いじゃうテクしっちゃったやつとか。私みたいに中学生でPC漬けになっちゃった子とか、なかなか出会えないから、そうか…と個人的にちょい残念な気持ちになる。何期待してるんだ。日本を探し回ればいる必ずいると思うけどさ。

 

SNSは勉強させてもらったけど‼さすが、ありがとう高校生‼

おばちゃんSNSのタグ付けとか、タグ検索とか、やっとわかった(*'▽')

 

未成年にこそ、PCやスマホを使いこなしてほしいと思う 

と、いうことで、若かりし君たちにもバンバンスマホ使って欲しいなと思う。個人的には。英単語も調べられるし、(詳しいやり方は聞いてくれ)早くその段階に入って、如何に効率よく自分の知りたい情報にたどりつけるか、の訓練をしてほしい。

スマホで完結するよ。

 

正直、それが出来れば、塾いらない。ひどくなると学校もいらん。できれば心に留めめてほしい、本来じゅくにいくのは一時的なことと。塾にいくのは成績を上げるが目的じゃなく、先生の勉強ノウハウを盗むこと、そいつらがいなくても自分で勉強できるようになること。だ。

だからあたしは塾の仕事の目的は逆説的だけど、「自分が必要なくなること」どっちにしてもいつかは私達、君の人生からいなくなっちゃうからね。

でもさ、自分でいろいろ調べるクセをつける、そうするとある段階から、どんな問題も自分で(つまり塾無しで)答えが導けるようになる。他人に助けを求められるべきポイントも分かるし、本当に必要な練習や問題集が分かるよ。

 

ふう、言いたいことおわり。

 

 

おまけ。周りの言う事は一旦は聴く。でも、それが本当に必要か見極める

以下学生、未成年の方、そして自分に宛てて書く。

 

周りの言う事を、まず素直に聴く。それはいいことだ。素直さは武器。理屈の無い先入観は、自分の成長を止めるから。

 

ただ、素直に聴い後。一度聞いた内容を頭の中に揃えて、ひとつずつその真偽を疑ってくれ。自分で実際に実践してみて考えてもいいし、いいと思ったらすぐ自分のマニュアルに入れる。そして、マニュアルはいつでも書き換えていい。

親や先生が、おそらく就職後には上司や先輩が、色々言うだろう。しかし、だれも結果に責任は負えない。

私は社会人1年目、いろんな人の言葉を鵜呑みにし、自滅して辞めた。その時思感じたのは、自分の苦しみは自分にしか分からないし、自分しか守れないんだということ。だから自分がこうだ、と思ったら(誰が何と言おうと)それが正解だと。

しかし皆、良かれと思ったことを言うことだ。彼らの知識や知恵、経験を吸収し、予測できる障害は回避しよう。一方で、その考えが、本当に今の自分に必要かどうかじっくり見極めろ。その決断は自分にしかできない。

「あの時こういったじゃないか」と人を責めているうちは、呪縛から逃げられない。

苦しい時は自分の気持ちに耳を傾けろ。

これやりたい。あれやりたいとか、いっていい。いうんだ。で、やれ。

 

 

 

あ、こりゃ自戒だな。おやすみなさい。